大判例

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最高裁判所大法廷 昭和26年(あ)2436号 判決

主文

被告人奥村正治、同岡地松雄に対し、原判決を、その余の被告人に対し、原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人川田米一、同清水秀一、同増田兼吉、同田中克己、同津江透、同中田満喜男、同高須和夫、同西森正芳、同天満潔、同鴨川春司、同新田善太郎、同鈴木春勝、同出口房男、同鈴木久雄、同下釜春雄、同新倉菊松を免訴する。

被告人奥村正治、同岡地松雄に対する本件を和歌山地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人佐々木茂の上告趣意第一点について。

本件に適用されている昭和二二年四月一四日附連合国最高司令官の「日本人の海外旅行者に対する証明書」に関する覚書は、昭和二六年六月二日附同司令官の「旅券発行の権限」に関する覚書に置きかえられたけれども、同覚書はその後同年一一月二六日附同司令官の「日本人の海外旅行」の覚書で廃止され、同年一二月一日以降日本人が海外に旅行するにあたっては、連合国最高司令官の承認乃至許可を受けることを要しないこととなったので、右覚書に違反したことを内容とする昭和二一年勅令三一一号違反の罪は、同年一二月一日よりその刑の廃止があったものであること、昭和二七年(あ)第一五七〇号同二九年一二月一日大法廷判決(集八巻一二号一九一一頁)の示すとおりである。よって、本件勅令三一一号違反の点は原判決後の法令により刑の廃止があったものとして原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

同第二点について。

所論は、量刑不当の主張にすぎず上告適法の理由とならない。

職権により調査するに、被告人奥村正治、同岡地松雄に対する公訴事実中、同被告人等が免許を受けないで船舶を台湾に輸出しようと企てたとの点について、第一審判決は、何ら右公訴事実の存在を確定することなく、ただ本件に適用ある旧関税法三一条、七六条にいわゆる「貨物」中には「船舶」を含まないと解し船舶は密輸出入罪の対象とならないとして、同被告人等に対し無罪の言渡をした。しかるに原審は、検察官の、船舶も「貨物」に含まれるとの控訴趣意を容れ、何ら事実の取調をしないで刑訴四〇〇条但書により、訴訟記録及び第一審裁判所で取り調べた証拠だけによって直ちに右被告人等が免許を受けないで船舶を輸出した事実を確定し、被告人等に対し有罪の判決を言渡したのである。船舶も譲渡その他の処分をする目的を以ってこれを外国に向け送り出す場合には、右旧関税法にいわゆる「貨物」にあたり、免許を受けないで船舶を輸出したときは右旧関税法七六条の罪が成立するものといわなければならない。この点に関する原判決の判断は正当である。

しかし第一審判決が公訴事実の存在を確定していないのに、原審が何ら事実の取調をすることなく、刑訴四〇〇条但書にもとづき訴訟記録及び第一審裁判所において取り調べた証拠だけで書面審理によって公訴事実の存在を確定し有罪の判決を言渡すことが適法か否かについて按ずるに、刑訴法における控訴裁判所は当事者の申立により又は職権によって、第一審判決に、同法三七七条乃至三八二条及び三八三条に規定する事由、即ち破棄事由があるかどうかを調査する事後審査の裁判所であって、右の調査をするについて必要があるときは、控訴裁判所は自ら事実の取調をすることができるのであり、又同法三九三条一項但書の場合は必ず事実の取調をしなければならないのである。そして右事実の取調を含めた右調査の結果、第一審判決に破棄事由があると思料した場合には、控訴裁判所は、原判決を破棄し、被告事件を管轄裁判所に移送するか若しくは、原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送し、第一審裁判所をして被告事件について再審理させるのを原則とするのである。刑訴四〇〇条但書は、この原則に対し、右調査の結果、第一審判決に破棄事由があると思料した場合でも、訴訟記録並びに第一審裁判所において取り調べた証拠のみにより、又は、これと、前記破棄事由が存するか否かを調査するため控訴裁判所が事実の取調をしたときは、その取り調べた証拠と相俟って、被告事件について判決をするに熟している場合は例外として控訴裁判所自ら被告事件について判決をすることを許した規定と解すべきである。しかるに本件においては、第一審判決は被告人等がそれぞれ判示船舶を輸出しようと企てたとの公訴事実は、確定していないのであり、且つ被告人等には右旧関税法七六条の罪の罪責なしと判決しているのであるから、右判決に対し検察官から控訴の申立があり、事件が控訴審に係属しても被告人等は、憲法三一条、三七条の保障する権利は有しており、その審判は第一審の場合と同様の公判廷における直接審理主義、口頭弁論主義の原則の適用を受けるものといわなければならない。従って被告人等は公開の法廷において、その面前で、適法な証拠調の手続が行われ、被告人等がこれに対する意見弁解を述べる機会を与えられた上でなければ、犯罪事実を確定され有罪の判決を言渡されることのない権利を保有するものといわなければならない。それゆえ本件の如く、第一審判決が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言渡した場合に、控訴裁判所が第一審判決を破棄し、訴訟記録並びに第一審裁判所において取り調べた証拠のみによって、直ちに被告事件について犯罪事実の存在を確定し有罪の判決をすることは、被告人の前記憲法上の権利を害し、直接審理主義、口頭弁論主義の原則を害することになるから、かかる場合には刑訴四〇〇条但書の規定によることは許されないものと解さなければならない。してみれば、本件第一審判決は被告人の犯罪事実を確定しないでただ法令の解釈として罪とならないとしているのであるから原審が右第一審判決の法令解釈に誤があると思料したときは、第一審判決を破棄し被告事件を第一審裁判所に差し戻し若しくは移送するか、または自ら事実の取調をすべきに拘らず原審は何ら事実の取調をしないで直ちに訴訟記録及び第一審で取り調べた証拠のみにより被告事件につき有罪の判決をしたのは違法であって、原判決はこの点においても破棄しなければ著しく正義に反するものと認むべきである。

そして刑訴四〇〇条但書に関する従来の判例は右解釈に反する限度においてこれを変更するものである。

よって被告人奥村正治、同岡地松雄を除くその余の被告人等に対しては刑訴四一一条に従い原判決及び第一審判決を破棄し、本件は原判決後の法令により、刑の廃止があった場合にあたるから、刑訴四一四条、三三七条二号によりそれぞれ免訴の言渡をなすべく、被告人奥村正治、同岡地松雄に対しては、刑訴四一一条に従い原判決を破棄し、本件公訴事実中、昭和二一年勅令三一一号違反の点は原判決後の法令により刑の廃止があった場合にあたるけれども、右は本件公訴事実中旧関税法違反の公訴事実と、一個の行為で二個の罪名に触れるものと解すべきところ、右旧関税法違反の点については、原判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続の法令違反があること前記のとおりであるから、刑訴四一三条により、右被告人両名に対する本件全体を、第一審裁判所に差し戻すべきものとし主文のとおり判決する。

この判決は、昭和二一年勅令三一一号違反の点に関する裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の反対意見及び、刑訴四〇〇条但書の解釈に関する裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同岩松三郎、同本村善太郎の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。

昭和二一年勅令三一一号違反の点に関する裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の反対意見は、前記昭和二七年(あ)第一五七〇号同二九年一二月一日大法廷判決記載のとおりである。

刑訴四〇〇条但書の解釈に関する裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同岩松三郎、同本村善太郎の反対意見は、次のとおりである。

わが憲法は、審級制度を如何にすべきかについては、八一条の規定以外何等規定するところがないから、同条所定の点以外の審級制度については立法をもって適宜に定むべきものであることは、当裁判所大法廷の夙に判示するところである(判例集二巻一七七頁参照)。そして、わが刑訴法は、刑事事件の上訴一般につき被告人の外検察官にも上訴権を認め、とくに、控訴権者が、地方裁判所、家庭裁判所又は簡易裁判所がした第一審の判決に対して、事実の誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、原則として、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない(刑訴三八二条)。(例外として、同三八二条の二第一、二項の事実を援用することができる。)右趣意書の謄本は相手方に送達され、相手方は送達を受けた日から七日以内に答弁書を差し出すことができるから、検察官控訴の場合には被告人が検察官の援用した記録及び証拠に現われている事実に対し予め答弁をなす機会を与えられていることはいうまでもない。ただし、控訴審においては、原則として、被告人は、公判期日に出頭することを要しないものであり、また、控訴審では、被告人のためにする弁論は、弁護人でなければ、これをすることができない。このことは、第一審で被告人が無罪の言渡を受け検察官が控訴をした場合でも異るところはない。けだし、控訴審の公判期日には、検察官及び弁護人(控訴審では、弁護士以外の者を弁護人に選任することはできないし、また、法律上弁護人を要する場合又は決定で弁護人を附した場合には弁護人の弁論を聴かないで判決することができない。)は、控訴趣意書に基いて弁論をしなければならないものであり、また、控訴裁判所も控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならないものであり、そして、事実誤認の控訴趣意書には、前述のように既に第一審公判に顕出された訴訟記録及び第一審で取り調べた証拠に現われている事実を援用しなければならないものであって、第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかった証拠によって証明することのできる事実又は第一審の弁論終結後判決前に生じた事実は、原則として、これを援用することができない建前であるから、被告人が控訴審の公判期日に出頭して自ら弁論をしなくとも被告人の防御権に欠くるところはないからである。そして、第一審において証拠とすることができた証拠は、既に第一審で被告人の意見、弁解を聴いているのであるから、控訴審において重ねて意見、弁解を聴かなくとも、これを証拠とすることができるものである(刑訴三九四条)。されば、検察官が、刑訴三八二条に基いて、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実だけで(刑訴三八二条の二第一、二項の事実を必要とする場合は、本件では論外とする。)、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるものと思料して控訴の申立をし、控訴裁判所もまた右の記録及び証拠だけで判決をすることができるものと認めるときは、これにつき重ねて被告人の面前で、証拠調の手続をなし、被告人に意見、弁解を聴かなくても、控訴裁判所は、自ら被告事件につき直ちに判決をすることができるものと解すべく、かく解しても訴訟法上少しも被告人の防御権を害することがないものといわなければならない。まして、右の場合事件をわざわざ原裁判所に差し戻し又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送する必要のないことは、いうまでもないのである。要するに、刑訴法は、第一審裁判所が、事実を認定しその事実が法律上罪にならずとして無罪を言い渡した場合たると、また、その取り調べた証拠によっては事実を認めるに足りないとして無罪を言い渡した場合たるとを問わず、控訴裁判所は、事後審として法律上認められた訴訟資料に基き自由な見地に立って法律判断ないし事実判断をなしうるものとしているのであって、再び事実調をなす必要があるか否かそれ自体をも控訴裁判所の裁量に委ねているのである。これが、刑訴四〇〇条本文並びに但書の法意であって、かかる審級制度に関する現行刑訴の立法は、冒頭の判例に照し適憲であること論を俟たない。

しかるに、多数説は、次のごとくいっている。すなわち、「第一審判決が公訴事実を確定しておらず且つ罪責なしとの無罪判決をしているときは、その判決に対し検察官から控訴の申立があり、事件が控訴審に係属しても、被告人等は、憲法三一条、三七条等の保障する権利は有しており、その審判は第一審の場合と同様の公判廷における直接審理主義、口頭弁論主義の原則の適用を受けるものといわなければならない。従って、被告人等は、公開の法廷において、その面前で、適法な証拠調の手続が行われ、被告人等がこれに対する意見、弁解を述べる機会を与えられた上でなければ、犯罪事実を確定され有罪の判決を言渡されることのない権利を保有するものといわなければならない。」というのである。

しかし、多数説のいう右検察官控訴の場合、従って、本件においても、被告人等は、既に第一審において、公開の法廷で、その面前で、事件につき適法な証拠調の手続が行われ、被告人等は、これに対する意見、弁解を述べているのである。その上、本件においては、原控訴審で被告人等の弁護人は、検察官の提出した控訴趣意書に対し答弁書を提出し、公判期日にはこれに基いて公開の法廷で重ねて弁論をしているのである。しかるに、第一審判決が公訴事実を確定せず且つ罪責なしとして無罪を言渡したからといって、何故に、第一審判決が公訴事実を確定し且つ有罪とした場合とは異って、重ねて一審と同様の直接審理、口頭弁論を繰り返さなければならないのか。多数説は少しも説明をしていない。ただ突如として前の場合には被告人等は憲法三一条、三七条等の保障する権利を有するというだけである。控訴審は事後審であって、事実誤認を理由とする控訴の場合には原則として訴訟記録及び第一審で取り調べた証拠に現われている事実だけを援用して第一審判決の認定の当否を争い、第一審で証拠とすることができた証拠は控訴審においても証拠とすることができるものであり、被告人が公判期日に出頭して自ら弁論をしなくとも弁護人が被告人のため弁論する以上憲法三一条の保障する被告人の防御権に欠くるところがないことは、既に前述したところである。また、同一証拠に対し既に一度直接審理を行った以上、重ねてこれを繰り返すことを要しないことが憲法三七条二項の法意とするところであることは、刑訴応急措置法以来既に屡々当裁判所の判示したところである(昭和二三年(れ)一六六三号同二五年六月二八日大法廷判決判例集四巻六号一一一二頁以下、昭和二五年(れ)一一三号同年六月一三日第三小法廷判決判例集四巻六号九八四頁以下、昭和二四年(れ)四六七号同年七月二六日第三小法廷判決判例集三巻八号一四〇二頁以下、昭和二三年(れ)第一七一八号同二四年三月三一日第一小法廷判決判例集三巻三号三九五頁以下等参照)。被告人控訴の場合及び事実を確定して罪とならずとした無罪判決に対する検察官控訴又は量刑不当を理由とする検察官控訴の場合には、被告人は、控訴審において憲法三一条、三七条等の保障する権利を有しないのに、独り事実を確定しないでなした無罪判決に対し事実誤認を理由とする検察官控訴の場合だけこれを有するという多数説は、まことに不可解な説といわなければならない。もし、多数説を認容するならば、刑訴三八八条、三九四条等は、恐らく違憲無効の立法たるを免れないであろう。さらに、被告人の第一審における意見、弁解と第二審における意見、弁解と矛盾するときは、いずれが優先するのであろうか。そもそも、事実誤認を理由とする検察官控訴の場合における控訴審の審理手続、その限度如何等疑問百出し、控訴審の手続は、混乱と遅延とを免れないであろう。多数説には到底賛同することができない。

裁判官霜山精一、同井上登は退官につき評議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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